菊判(21.8×15.2cm)・小B6判(17.2×12cm)
(イギリス)
ヒュー・ロフティング 作・さし絵
井伏 鱒二(ますじ) 訳
岩波書店
菊判 ¥1,890(¥1,800+税5%)
小B6判 岩波少年文庫 ¥798(¥760+税5%)
「ドリトル先生物語全集」の第二作
「ドリトル先生物語」の2冊目。物語の内容から考えた年代順では、6番目に当たります。1922年(大正11年)発表で、翌年にアメリカの優れた児童文学に与えられる「ニューベリー賞」を受賞しています。
『ドリトル先生航海記』のあらすじ(冒頭部分のみ)
沼のほとりの町パドルビーの靴屋の子、トミー・スタビンズ少年は、家が貧しいため学校へは行けませんでした。
しかし、動物好きなので、鳥の卵や蝶の収集、川釣りなどをして、子どもらしく、それなりに楽しく暮らしていました。
ある日、散歩中にタカとリスが戦っているところを目撃し、ケガをしたリスを保護します。
友人である「貝ほりのジョー」に「博物学者のドリトル先生」なら、このリスを助けられると言われ、同じく友人である「ネコ肉屋のマシュー・マグ」にドリトル先生の家を教えてもらいます。
マシューと二人で訪ねてみますが、ドリトル先生は旅に出ていて不在でした。トミーは自分で出来る限りの看病をして、ドリトル先生の帰りを待つことにします。
語り手、トミー登場
この巻では、後年ドリトル先生の助手として活躍することになるトミーが登場して、語り手を務めます。
この巻の前書きには、1冊目の『ドリトル先生アフリカゆき』も、人から話を聞いて自分が書いた、と述べています。
そして、少年のトミーが現在進行形で書いているのではなく、ドリトル先生が世を去り、トミーが老人になってから、過去を振り返って、先生との交流を思い出しつつ、書き綴っているということになっています。
記憶が不確かなところは、オウムのポリネシアに尋ねて書いているという設定です。
ネコ肉屋は「マシュー・マグ」、スズメのチープサイドも登場
この『ドリトル先生航海記』では、1冊目では名前の出てこなかった「ネコ肉屋」が、「マシュー・マグ」という名であることがわかります。
続いて、以後レギュラーとなるスズメの「チープサイド」が登場し、ユニークな人柄(鳥柄?)を披露してくれます。
また、黒人王子のバンポも再登場し、活躍します。
時代はヴィクトリア朝の植民地政策が常識だった頃
そして、ドリトル先生とトミー一家との交流の記述から、この出会いの年が、1839年とわかります。この1839年というのは、日本では江戸時代の天保10年です。(高杉晋作の生れた年です。)
この1839年という年は、大きな意味を持っています。それはちょうどビクトリア朝が始まった頃の、軍事力による植民地政策が当たり前の時代であり、イギリスと中国の間でアヘン戦争が始まろうとしている時期なのです。
子ども向けの物語とはいえ、このような時期をあえて舞台に設定した作者ロフティングには、なんらかの意図があったように思えます。『ドリトル先生の英国』(文春新書)で、著者の南條竹則さんがこの時代について、物語と対比させて詳しく記述しています。
階級社会で階級をものともしないドリトル先生
対外的には植民地政策、国内は厳しい階級社会のイギリスで、博物学者であり、医者でもあるドリトル先生と、貧しいトミー少年の一家との交流は、とても珍しい、変わったことだったでしょう。
トミー少年がドリトル先生を敬愛するようになるのも、ドリトル先生が他の人々とは全く違う、人間を階級で差別しない(もちろん動物も差別しない)公平な考えの持ち主だからです。
物語の冒頭に述べられるトミー少年とドリトル先生との交流の様子は、何度読んでも心温まるものです。
読者は、このトミー少年の心情に同化して読み進むうちに自らもドリトル先生の人柄に惹きつけられてゆくことでしょう。
事件に継ぐ事件の連続、早い展開は作者の得意とすることろ
1冊目の『ドリトル先生アフリカゆき』と同様、この巻もストーリー展開が速く、読者を飽きさせません。
トミーとドリトル先生の出会いや、ドリトル家の庭園の描写など「イギリスらしさ」を感じるのも束の間で、学術研究のため、船で旅に出ることに決まります。
船に乗る前も、船に乗ってからも、もちろん目的地に着いてからも思いがけない事件続発で、よくこんなに一冊の本に詰め込んだ、と思うほどです。
人と動物を助けながらの世界への旅
特徴的なのは、「動物と話ができる」という設定により、人間だけの社会より、ぐんとおもしろい世界が読者の前に広がるということです。
「動物と話ができる」ドリトル先生が、人助けや動物助けをすること、数知れません。そうして世界各地を旅します。
推理に海洋冒険に、そして探検も
この一冊の本の中に、推理小説的な章もあれば、海洋冒険小説の趣きの章もあり、探検小説のような章もあります。各エピソードは、ぜひ、読者それぞれが読んで楽しんでいただきたいと思います。
さし絵にも夢が膨らむ
作者の手になるさし絵も、楽しいものです。
冒頭の、石垣に腰掛けて、通る船を眺めているかわいいトミー少年の姿や、ドリトル家の台所でのオウムのポリネシアとトミー少年の語らいの場のさし絵など、印象的です。
ただ一つの注意点
ただ、一つ注意していただきたいのは、やはり黒人や南米の原住民に関しての記述です。
前述したようにビクトリア朝の社会を舞台としているため(実際にこの物語が書かれたのは大正時代ですが)、現在では頷けない表現が多少あります。
しかし、ドリトル先生が「一番偉い博物学者」と認める、南米の原住民ロング・アローとの握手の絵が、表紙になっていることに象徴されるように、作者ロフティングは、人種を超えた共存の世界を願っていたと思われます。
子どもに読ませる場合は、保護者からの説明をお願いしたいと思います。
1冊目よりも深みのある児童文学に
ともかく、三人称ではなく、トミー少年の眼から見たドリトル先生や風物を語るというスタイルを取り込んだことにより、1冊目の『ドリトル先生アフリカゆき』のいかにも「童話」といった雰囲気から、「歴史」を感じさせ、「地理的興味」をも持たせてくれる、より深みのある児童文学に移行したと思います。
まずは、トミー少年と共に、ドリトル先生の世界への船旅に同行してみてください。ニューベリー賞は「だて」ではないことを実感されるでしょう。
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『ドリトル先生不思議な旅』は、『ドリトル先生アフリカゆき』『ドリトル先生航海記』『ドリトル先生のサーカス』『ドリトル先生月へゆく』などのストーリーを交えたもので、1967年(昭和42年)の映画です。
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文芸春秋
この物語の舞台であるイギリスの政府公認日本語公式サイト
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このページの情報は、岩波書店の目録、あとがきの「訳者のことば」、文春新書の『ドリトル先生の英国』(南條竹則 著)などによります。