菊判(21.8×15.2cm)・小B6判(17.2×12cm)
(イギリス)
ヒュー・ロフティング 作・さし絵
井伏 鱒二(ますじ) 訳
岩波書店
菊判 ¥1,785(¥1,700+税5%)
小B6判 岩波少年文庫 ¥756(¥720+税5%)
「ドリトル先生物語全集」の第七作
「ドリトル先生物語」の7冊目。物語の内容から考えた年代順では9番目です。1927年(昭和2年)発表。
『ドリトル先生と月からの使い』のあらすじ(冒頭部分のみ)
ドリトル先生が自宅に「動物園」を作っていた頃、先生の助手をしていたトミーの一番大きな苦労の種は、「雑種犬ホーム」の入会を制限することでした。
動物たちのクラブや団体は、会員数が多すぎると混乱してしまうので、どうしてもある程度の数に抑えなければなりません。
特に「雑種犬ホーム」は、ドリトル先生の家族である犬のジップがのら犬や迷い犬をいつも連れ込もうとするので、トミーはそれを阻止するのに苦労していたのです。
しかし、会員数を制限しなくてはならなくても、動物の町が楽しく住みよいところに発展してゆくことは、ドリトル先生もトミーも大賛成でした。
そして、動物たちが自ら考え出したおもしろい計画に、「犬の博物館」がありました。
この企画の推進には、数ヶ月前に会員になったケッチという犬が、力になりました。ケッチにはものを収集する趣味があり、仲間からは教授と呼ばれていて、「犬の博物館」の館長になりました。
この博物館の陳列品は、骨を始めとして犬の興味を惹いたさまざまなもので、当初はガラクタもたくさんありました。しかし、次第に整理されて、少数の貴重な収集品をガラスケースに並べるようになりました。
ケッチ館長は個性的な犬だったので、以前から身の上話をするように回りから頼まれていましたが、いつも仕事が忙しいからと断っていました。
しかし、博物館の規模が縮小されて少し暇になったので、いよいよ、犬の夕食後のおし話会で、ケッチ館長が身の上話をすることになりました。
「月」三部作の一作目に当たる物語
この『ドリトル先生と月からの使い』と『ドリトル先生月へゆく』、『ドリトル先生月から帰る』の三冊は、書名の通りに、月からの使いが来て、ドリトル先生が月へ行って、そして帰ってくる、という一つの大きな流れのストーリーの作品です。
一応、一冊ずつ独立して読める形になっていて、どれか一冊だけを読んでも楽しむことはできます。しかし、ここはやはり、この三冊でひとつのストーリーと考えて、三冊を続けて読む方が、よりおもしろいと思います。
第一部は犬のケッチの半生が語られる
その「月」三部作の一作目であるこの『ドリトル先生と月からの使い』は、四部構成になっていて、一部では「あらすじ」で述べたように、犬の博物館の館長ケッチの半生が詳しく語られます。
また、ケッチの半生の次に、とてもユニークな犬についての短い章が付け加えられています。
ケッチは幼い頃から独立心の強い犬で、意に染まない主人の元で暮らすよりも、独立独歩で運を切り開こうと旅に出て、たくさんの経験をして見聞を広めてきました。
そのケッチが旅に出る件(くだり)の描写は将来への期待に満ちて、まるで人間の少年が冒険に旅立つ物語を読んでいるような「わくわく感」を覚えます。
その後の展開も読者を惹きつけるおもしろいエピソードが並び、ケッチの章だけでも独立した短編小説として楽しめます。
しかし、単に「おもしろいストーリー」ということではなく、ケッチの半生は犬の眼を通した社会批評になっています。
ケッチの章の後で語られる、ユニークな犬の話も同様です。
第二部は虫たちの大冒険
第二部では一転して、いろいろな虫たちの大冒険が語られます。
ドリトル先生が虫を研究して、その言葉を聴くための装置を作り、いろいろな虫の動作や羽の振動、虫が出す音などをその装置で解読するという設定になっています。
この第二部のひとつひとつのエピソードは短めですが、小さな虫が人間界の歴史上のエピソードに絡んで、歴史を変えた話や、思いがけないなりゆきから大冒険をすることになった話などが語られます。
また、本来この章に収録されて良いと思われる「虫ものがたり」という短編が、12冊目の『ドリトル先生の楽しい家』に収録されています。こちらはなんと、「うじ虫」の大冒険の物語です。
館長は虫が苦手なのですが、それでもこの巻『ドリトル先生と月からの使い』の第二部や、『ドリトル先生の楽しい家』の「虫ものがたり」は、おもしろく読み進めることができました。虫嫌いでも楽しめるのですから、虫好きの方ならその何倍も楽しめることでしょう。
動物を分け隔てなく愛するドリトル先生ならではの、楽しい虫の物語です。
第一部は「犬」、第二部は「虫」と、一見「月」からかけ離れた文章が続きますが、この本全体を読み終わったときに、「犬」の部分はまず「前置き」、「虫」は導入、そして本文へと続く構成になっていることがわかります。
確かに、前置きなしで直接「本文」に入るよりも説得力が増すように思えます。このエピソードの絶妙なつなぎ方は、「さすがロフティング」と言えるでしょう。
バンポの再登場とトミー少年の成長
前作(第六作)『ドリトル先生のキャラバン』には先生の助手のトミーは登場しませんでしたが、この『ドリトル先生と月からの使い』ではまた、トミー少年が登場して、語り手を務めます。
また、第一作の『ドリトル先生アフリカゆき』、第二作の『ドリトル先生航海記』、第五作の『ドリトル先生の動物園』に登場していた、アフリカの架空の国ジョリギンキの王子バンポが再登場しています。
一作目からの読者には懐かしいバンポは、二作目の『ドリトル先生航海記』では、オックスフォード大学に留学しているという設定でした。(後年書かれた『ドリトル先生月から帰る』や、『ドリトル先生の楽しい家』の記述から、)この巻の物語当時は、トミーと共にドリトル先生の家に同居していたことになっています。
この巻ではドリトル先生一家の夕食時の、物語の節目のなかなか重要なシーンで顔を出しています。
バンポの登場は懐かしいのですが、この巻では、トミー少年の著しい成長の方が印象深いと思われます。
トミー少年のドリトル先生への深い敬愛の念は、初めて登場した『ドリトル先生航海記』の9〜10才の頃と少しも変わりません。しかし、トミー少年はこの巻で初めてドリトル先生の指示と異なる行動を取ります。
それは、先生の唯一の助手として献身的に尽くすトミー少年の、先生を思うが故の行動であり、ドリトル先生もその思いを受け入れます。
この辺りの師弟関係の変化が、この巻で特筆すべきことと思います。ただ盲目的に先生に従うのではなく、自分の考え、判断に従って行動できるまでに、トミー少年が成長したということです。
ログティング流SFとして評価を
この巻を含めたドリトル先生の「月」三部作の「月」と「地球」についての記述は、もちろん、現在の科学的知識とは異なります。
この物語が発表されたのは、1927年。昭和2年です。その時代の「月」は、一般の人々にとっては、ただ空に浮かぶだけの存在です。後年、人類が実際に月に到達したのは、1969年(昭和44年)です。
この40年間の科学の進歩は著しいものがありました。逆に言えば、昭和初期という科学情報の乏しい時代に、ドリトル先生を月に行かせた、作者ロフティングの「勇気」を汲んで欲しいと思います。
この巻を含めたドリトル先生の「月」三部作は、ロフティングの夢のあるSF作品として楽しめます。
事実、館長は「実際とは違うけれど、こっちの方がおもしろい。本当にこうだったらいいのに。」と感じて、楽しんで読んでいます。
この巻は、ロフティングが想像の翼を広げて紡ぎ出した「月」三部作の、「導入」に当たる一作目です。
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