菊判変型
(イギリス)
ルーマー・ゴッデン 作
C・バーカー さし絵
猪熊 葉子 訳
評論社
¥1,575(¥1,500+税5%)
『台所のマリアさま』のあらすじ(冒頭部分のみ)
9才のグレゴリーと7才のジャネット兄妹の家には、マルタという住み込みのお手伝いがいました。マルタはウクライナ人で、もう初老と言える年令でした。
グレゴリーとジャネットの両親、トーマス夫妻はふたりとも建築家で忙しいため、お手伝いが必要です。しかしそれまでやって来た賑やかで落ち着かない娘たちと、繊細で自分の殻に閉じこもりがちなグレゴリーは、ウマが合いませんでした。
しかし、マルタは違いました。腕の良い料理人であるだけではなく、落ち着いて家にいてくれるので、子どもたちに安心感を与えてくれました。トーマス夫人も家のことを安心してまかせられるので、マルタのことを「最高」のお手伝いと評しています。
トーマス一家はマルタのことを気に入り、いつまでもいて欲しいと願っているのですが、マルタは心に「悲しみ」を抱えていました。トーマス夫人は、マルタの「悲しみ」をウクライナの歴史のせいだと思っていました。
マルタは故郷の村を兵隊に追われ、難民としてイギリスに来ました。それ以来、家族や知り合いに会えずに長い年月を孤独に過ごしてきたのです。
しかしグレゴリーは、マルタの「悲しみ」の理由はその歴史とは別にあるのではないかと考えていました。
トーマス家は大きな家だったので、マルタにも自分の居間が与えられて、テレビも安楽椅子もありますが、マルタはいつも台所で過ごしていました。それは、トーマス夫人が設計した「銀」と「白」を基調とした現代的できれいな台所です。
しかし、マルタが語る故郷の家の台所は、これとは対照的な粗末な造りながら、家族で過ごした「暖かな」場所でした。
マルタは、トーマス家の台所に自分なりのやり方で、古い椅子を持ち込んだり、グレゴリーの愛猫ルートルのかごを置いたり、いろいろな植物を窓辺に並べたりして、暖かくて居心地の良い雰囲気を作りました。
しかし、グレゴリーやジャネットが十分「暖かい」と感じる台所でも、マルタは「からっぽ」と表現します。
グレゴリーはその「からっぽ」という言葉から、マルタの故郷の家の台所には、自分の家の機能的な台所にはない「なにか」があったのだと推測します。
そして、グレゴリーは「からっぽ」という言葉を聞いた一週間後に、実の母親でさえ聞いたことのない、猫のルートルに話しかけるときだけに使う声で、マルタの家の台所にどんなものがあったのか話してほしい、と頼むのでした。
内向的な少年グレゴリーの愛情と努力
作者ルーマー・ゴッデンは、9才のグレゴリーに託して、他者に対する素朴な愛情と、それに基づく努力を描いています。
一見、とっつきにくくて、「何を考えているのかわからない」と評される内向的な子どもは、どこにでもいます。
そのような子どもたちは、自分の思いを外に向かって表現するのが苦手なだけであって、心の中は繊細で、物事の真贋を幼いなりに見抜いていたり、自分なりの見解をしっかり持っていることも多いと思います。
作者はそのような性格の少年、グレゴリーにすばらしい仕事を成し遂げさせます。
困難を越えて行動し続ける過程をていねいに描く
グレゴリーは、頭が良いだけではなく、猫のルートルへの接し方を見てもわかるように、心の優しい少年です。
そのグレゴリーは、お手伝いのマルタが求めているものを、マルタへの思いやりゆえになんとかして、自分で手に入れようと決心します。そして、9才にしては驚くべき計画性を持って、自分の力で「それ」をプレゼントするために行動します。
グレゴリーはもちろん、困難に突き当たりますが、明るい妹ジャネットの助言からもヒントを得て、先へ進みます。
このグレゴリーとジャネットの兄妹は、なかなか良い取り合わせのコンビで、ジャネットは示唆に富む意見を口にします。読者の心にも残る意見のように思われます。
作者は、目標に向かってのグレゴリーの努力をていねいに描いています。その描写を、じっくり味わって読んでいただきたいと思います。いつのまにかグレゴリーを応援している自分に気付くことでしょう。
そして、ある場所へ「どうしたって」行かなくてはならなかった、というグレゴリーの言葉には多くの方が暖かい気持ちを抱くのではないでしょうか。
それから、大団円では、グレゴリーが成し遂げたことと、そのために彼が払った有形無形の努力に対して、グレゴリーの母親のように胸が熱くなることと思います。
行動の「動機」が一番大切なこと
そして、「マルタのために」と思って始めた行動が、グレゴリー自身にも良い影響を与えます。それが暗示的で、また、印象的でもあります。
忘れてはならないことは、グレゴリーの行動の動機が「純粋な思いやり」、「愛情」であるということです。打算があったわけではなく、ましてや誰かに強制されたわけでもありません。これが一番大切なことのように思います。
そして、他者の大切な「神聖なもの」である宗教についても、それを自分が信じる、信じないは別問題であって、他者の大切なものは尊重するのが、ごく普通の思いやりではないか、ということも感じます。
美術や手作りの好きな人も楽しめる
作者は、グレゴリーの思いやりに基づいた行動を、他者の大切なものを尊重することと共に、美的感覚の追及をも絡めて描いています。
ですからこの物語は、美術や手作りを好む人にも楽しめます。特に、布やビーズを使った手作りを楽しむ人には、共感を持って読み進められると思います。
この作品中に挟まれているカラーのさし絵が、その過程を具体的に表現しています。グレゴリーの妹のジャネットが語るように、この心のこもった品は、大英博物館に陳列している美術品に勝るとも劣らないと、館長も思います。
心に残る作品、ぜひご一読を
1967年(昭和42年)発表の、40年近く前の作品ですが、「古い」という感じは全くありません。文字通り、きらりと光って心に残るものがある作品です。ぜひ、多くの方に読んでいただきたいと思います。
作者ルーマー・ゴッデンについて
作者のルーマー・ゴッデンは、1907年(明治40年)イギリス生まれ。作家。インドで育ち、その後イギリスとインドの両方の国で半々に暮らし、作品も両方の国に取材して書いているということです。インドで一時、バレエ学校を経営したこともあります。
1998年(平成10年)に死去しています。
『人形の家』(岩波書店)、『ねずみ女房』(福音館書店)、『ハロウィーンの魔法』『ラヴジョイの庭』(偕成社)、『すももの夏』(徳間書店)など、多数の作品があります。
さし絵画家について
さし絵は「C・バーカー」と本に記載されています。調べてみましたが、残念ながらこの画家についてははっきりしたことはわかりませんでした。
訳者は猪熊葉子さん
訳者の猪熊葉子さんは、1928年(昭和3年)東京生まれ。1957年(昭和32年)から翌年にかけて、イギリスのオックスフォード大学に留学し、『指輪物語』の作者として有名なトールキン教授に師事。
聖心女子大学で児童文学を教え、1990年(平成2年)からは白百合女子大学で「児童文化学科」教授。1999年(平成11年)に退任し、現在は非常勤講師。聖心女子大学名誉教授。日本国際児童図書館評議会会長。訳書は、小説・絵本・研究書など100冊を越えているそうです。
評論社より出版、年令指定は小学上級から中学生
『台所のマリアさま』は、評論社から出版されています。出版社の年令指定は「小学上級〜中学生」です。
小学生の読者に配慮して、少し難しい漢字には比較的多くルビが振られています。ですから、小4ぐらいでも読めると思いますが、活字自体が少々小さめなことや、内容の理解などを考えると、やはり小5ぐらいからが妥当と思います。
『台所のマリアさま』関連のホームページ
『台所のマリアさま』の出版社
評論社
『台所のマリアさま』の文中に登場するファベルジェの作品について
ファベルジェの卵
(サイト「空想の宝石結晶博物館」より)
『台所のマリアさま』の文中に登場するイコンについて
イコン
(フリー百科事典『ウィキペディア』のページ)
『台所のマリアさま』の舞台であるイギリスの政府公認日本語公式サイト
UK NOWサイト
(イギリスに関するさまざまな情報を網羅)
このページの情報は、評論社の目録、あとがきの「訳者のことば」などによります。