開拓時代のアメリカを生きた家族の物語
「大草原の小さな家」シリーズは、アメリカの開拓農民の娘、ローラ・インガルス・ワイルダー(1867〜1957年)が60才を越えてから、子どもの頃の生活を振り返って描いた自伝的な物語です。
アメリカ西部の開拓時代の様々な困難や、自然の厳しさと、それらに負けないインガルス一家の不屈の精神や、家族間の愛情などが、少女ローラの眼を通して物語られます。
ローラの死後に発見された『はじめの四年間』を含めて、シリーズの作品は全9冊です。
そのうちの一冊『農場の少年』は、ローラの夫アルマンゾ・ワイルダーの少年時代を描いたものです。
残りの8冊で、ローラの4才から22才までの人生が描かれています。
但し、このシリーズは、事実を事細かに描いた伝記ではなく、ローラの体験を基にした「物語」であり、シリーズのうちの5冊が、アメリカの優れた児童文学作品に与えられる「ニューベリー賞」を受賞しています。
西部劇からはわからない実際の開拓者の暮らし
アメリカ西部の開拓時代と聞けば、日本では、いわゆる「西部劇」を連想する方が多いかと思います。五十代以上の方なら、西部劇の名作と言われる映画『幌馬車』や『シェーン』などのタイトルも思い浮かぶかも知れません。
ガンマンの決闘や、インディアンと白人との戦いや、無法者と一般の人たちとのいざこざを連想する人もいることでしょう。
しかし、ごく普通の開拓者たちが、何を食べて何を着て、どのような家に住んでいたのか、子どもたちのしつけや教育は、どのような考えで行われていたのか、子どもたちはどんな生活をしていたのか、などの詳しいことは、映画からはわかりません。
実際に西部の「長い旅」を経験したローラ
もちろん、歴史書には、開拓時代についての記載がたくさんあると思います。
でもそれは、後世の学者が「歴史」を調べて書き上げたものです。生活者の実感から描いたものではありません。
実際に、その大草原の風景の中で何を感じて生活していたか、鉄道が敷設されてゆく有様を見てどう思ったか、など庶民の感情を知ることはできません。
ローラの物語には、それがあります。
ローラは実際に、ウィスコンシン州の人のまばらなぺピンの森で生まれ、幼児の頃に家族と共にカンザス州のインディアンの住む土地に長い旅をしました。
その地で、父さんが何も建物のない大草原に丸太を使って家を建てて住み、またぺピンの森に戻り、更に西部の各地に移りました。
ローラの前半生は、アメリカの西部開拓の歴史をその目で確かめるかのような、「長い旅」の連続でした。
その「長い旅」の中で、大草原の風景や動物たちを見て何を感じたのか、両親からどんなしつけや教育を受けたのか、また、家の中の様子、食生活、衣類についてなどを、生活者の視点から細かく綴っているのが、この「大草原の小さな家」シリーズです。
事実を基にして、児童文学として構成
ローラは最初、事実にこだわって、伝記のような体裁の『パイオニア・ガール(開拓娘)』という物語を書きました。
しかし、この原稿は編集者に認めてもらえなかったため、すでに作家として活躍していた娘のローズ・ワイルダー・レインの助言を入れて、子ども向けの文学として構成し直しました。
その原稿の推敲を重ねた結果、『大きな森の小さな家』として出版することができました。
それまでは、地方紙などのコラムニストとして知られて、文章を書いていたローラが、事実を下敷きにして、おもしろい物語として構成して仕上げ、「作家」としてデビューしたのが、『大きな森の小さな家』なのです。
このデビュー作は、多くの読者に受け入れられて、ローラは続編を書き続けることになります。
世界中に多くの読者を獲得
ローラが最初に書いた『パイオニア・ガール(開拓娘)』の出版を断られたのは、『ローラ・インガルス・ワイルダー かがやく大草原の日々』(佑学社)によると、『開拓時代の暮らしを書く年配の人々はすでにたくさんいるから新鮮味がない』という理由だそうです。
ということは、すでにローラのほかにも、開拓時代の暮らしを書いていた人がたくさんいることになります。しかし現在では、ローラの本が開拓時代の暮らしをいきいきと伝える物語として、世界中に多くの読者を獲得しています。
(このシリーズは、『五十以上のことばに訳された』と、前述の本『ローラ・インガルス・ワイルダー かがやく大草原の日々』にあります。)
ローラの物語には、生活者の実感のほかにも、同じように開拓時代を生きた人たちのほかの本にはない、抜きん出た魅力があったからでしょう。
困難に負けない明るい一家
その魅力のひとつに、インガルス一家の明るい生活態度が挙げられます。
インガルス一家は、他の開拓者同様、多くの困難に直面します。しかし、その困難にも係わらず、基本的に一家の生活は、明るく楽しいものに描かれています。
たとえ命を脅かされる事態に直面しても、一家はお互いに助け合い、協力して働き、その中でも楽しみを見つけ出して暮らしています。
シリーズを通してこの態度は変わりませんが、特に『長い冬』(岩波少年文庫)では、歴史に残る過酷な長い冬に直面した一家が、物資の補給を絶たれた中で、どのように生き延びたかが描かれています。
この『長い冬』を読み終えた方には、開拓当時の気候と暮らしの厳しさはもちろんのこと、インガルス一家の不屈の精神が強い印象を残し、現在自分が直面している困難に対する気力が湧いてくると思います。
館長が特にすばらしいと思うところは、困難に立ち向かう際に、やみくもに努力するだけではなく、楽しみを自ら作り出して、心を明るくしようとする態度です。
このような、一家の理想的な生活態度は、ローラの「父さん」、チャールズ・インガルスの人柄に負うところが大きいと、館長は感じています。
勤勉でたくましく、家族思いの理想の「父さん」
ローラの「父さん」は、まだ見ぬ土地への憧れを持っていました。いわゆる開拓者精神、フロンティアスピリットの持ち主で、優れた狩人でもあったようです。
「父さん」は、労をいとわずに勤勉に働きます。住む家は、基本的に自分の手で一から作り、家具も作ります。
土地を耕して作物を作り、狩りをし、時には漁もします。
そして、その「働く暮らし」に意義と喜びを感じています。
家族にとても優しい人でもあります。まじめ一方ではなく、ユーモア感覚、茶目っ気もあります。
『ローラからのおくりもの』(岩波書店)の第八章「幼き日々の思い出」には、ローラの『父の最初の思い出』という文章が収録されています。
その文章には、「父さん」がたくましい狩人で、強靭な体を持ちながらも決して荒々しい人物ではなく、病気の子どもを優しく看病し、妻をいたわっていたという文章があります。
その「強く優しい父親」に対するローラの敬愛の念はとても強く、その思いが60才を過ぎてから、子どもの頃の思い出を書いて出版したいという強い気持ちにつながってゆきます。
館長にとっても、シリーズを通してローラの「父さん」は理想の父親であり、このシリーズのもう一人の主人公のように思えます。
執筆の動機は、父への思いも大きい
『ローラからのおくりもの』(岩波書店)の第九章「小さな家の作家」によると、ローラがこのシリーズを執筆した動機は、『消えゆく昔ながらの生活態度を書き記しておきたい』ということだそうです。
それと、『恐れを知らぬ勇敢な開拓者たちの生活がどんなものだったかを、若い世代に知ってもらいたかったから』だと述べられています。
そして、同じ章に収録されている、ローラの娘ローズの『母は自分の足で立っている』という一文に、もうひとつの大きな理由が挙げられています。
ローズは、『母は子どもの頃、自分の父親が話してくれたさまざまなお話だけはどうしても書き残しておきたいと思った。母が父親を敬愛し、その思い出をとても大切にしているのは、これまでに書かれた本を読んでもらえばわかるだろう。』と述べています。
ですから、ローラは敬愛する「父さん」の思い出をどうしても残したかったので、先に執筆した『パイオニア・ガール(開拓娘)』の出版を断られてもあきらめずに、『大きな森の小さな家』として世に出すために、構成し直し、推敲を重ねたのでしょう。
同じように開拓者生活を描いた、他の人たちの文章と一線を画すのは、作品中に込められた、父親への強い愛情ではないでしょうか。
ローラの開拓生活と父親の思い出は、分かちがたく結びついていると思います。
娘のローズは、このエッセイ『母は自分の足で立っている』で、『母がシリーズを書きおえたとき、一番感慨深かったのは、これで父親の思い出は決して忘れられないだろうということだった。そう私は思っている。』とも述べています。
その言葉通り、シリーズを読み終えた人には、ローラの「父さん」の人柄が強い印象を残します。
子どもたちの心を育ててくれた「父さん」のバイオリン
そしてローラは、「父さん」のバイオリンについても述べています。
先に述べた、ローラの『父の最初の思い出』によると、ローラの「父さん」を幸せにするものは、一番目が家族で、二番目がバイオリンだということです。
「父さん」のバイオリンの音色は、日々の暮らしの中で、嬉しさを倍にし、悲しみは慰めてくれて、そして子守歌にもなったそうです。
子どもたちにとっては、「父さん」のバイオリンの音色は、単なる観賞用の「音楽」ではなく、父親の愛情を感じることができる、生活に密着したすばらしい情操教育でした。
現代社会では、多くの音楽が資本主義に組み込まれて、金儲けの手段とされている面も否めません。流行歌は、まるで消耗品扱いと感じることもあります。
しかし音楽は、もともとはこの「父さん」のバイオリンのように、楽しさを表現したり、悲しい心を慰めたりする、人間を幸せにするものだったはずです。
この音楽の原点を、シリーズ中で「父さん」のバイオリンが表現しています。この点も、魅力的です。
先に挙げた『長い冬』でも、「父さん」のバイオリンは一家と共にあり、とても印象的に使われています。
「父さん」のバイオリンの演奏技術については資料がありません。
ただ、『大きな森の小さな家』で、「父さん」はダンス・パーティーの音楽を担当しているし、『大草原の小さな家』(講談社・青い鳥文庫)では、大草原で知り合ったエドワーズさんが「父さん」のことを、『おれが知ってるなかじゃ、いちばんのバイオリンひきだ!』と言っています。
『長い冬』(岩波少年文庫)では、ローラの歌に対して、歌い出しの音が高すぎるから、『シのフラットの音から始めてごらん』と「父さん」が言う件りもあります。
物語中のこれらの言葉が事実に基づいているとすれば、「父さん」のバイオリンは、アマチュアとしてはかなり上手で、音感も優れていたのだろうと思います。
ローラたちと生活を共にした「父さん」のバイオリンは、現在ではミズーリ州マンスフィールドの「ローラ・インガルス・ワイルダー博物館」に陳列されているそうです。
大自然と、変わってゆく大地と、そして日常の生活
もちろん「母さん」も、子どもたちにとっては頼れる、愛情深い優しい母親です。この信頼できる両親と共に、子どもたちは西部の各地を移動します。
このシリーズで描かれる西部各地の大自然の描写は、すばらしいものです。
また、建物のない土地に次々と家が作られて、鉄道も敷かれてゆくなど、大自然がダイナミックに変わってゆく様子も、日本人の眼からはとても珍しく、印象深いものです。
そして、基本的には「父さん」が「住」と食材調達をして、「母さん」が「衣」と料理担当で、子どもたちはその年令に応じたいろいろなお手伝いをし、勉強をして、暮らす様子が描かれます。
なにしろ、舞台が大自然なので、自給自足が基本です。
ごく日常の生活も、一家が力を合わせなければ、成り立ちません。困難のときはなおさらです。
しかし、現在の日本人から見ると、とても大変だと思える暮らしでも、シリーズ全体を貫く、力強く明るいトーンが、読者の心を明るくして、楽しませてくれます。
このシリーズを読んでいると、厳しい気候の地で、多大な労力を費やすような大変な暮らしでも、当時の方が人間らしい幸せを感じられたのではないだろうかと思えます。
この思いは館長だけではないようで、同じように感じていらっしゃる、久保田紀子さんという方の『ローラ・インガルス・ワイルダーを読んで』という文章を見つけました。(この久保田さんの文章にはネタバレがあります。)
ローラの物語は、人間にとって、何が本当の「幸せ」なのだろうかと、考えさせてもくれます。
家族や友人同士などの、人と人との距離は、ローラの子どもの頃の方が、自然だったのだろうと思います。
特筆すべき文章のなめらかさ
シリーズ全体を貫く明るさは、ローラの文章に負うところも大きいと思います。
その文章はとてもなめらかで、生き生きしています。料理を描写すれば、その匂いが漂ってくるようだし、狩りや天候悪化の場面では手に汗を握り、虫害の描写ではその虫の姿形や行動が目に浮かぶようです。
登場人物のセリフも、それぞれの個性が感じられる、生き生きしたものです。
体験に基づいた臨場感のあるストーリーはもちろんのこと、文章の素晴らしさも、このシリーズの大きな魅力です。
大自然の中でもディケンズやシェイクスピアを読むインガルス一家
そのように、開拓者の生活を素晴らしい文章の物語に仕立てる素地を、ローラは、家庭環境から与えられていました。
ローラの両親は、ほとんど人のいない森や大草原に住んでも、本を読むことを楽しむ読書家で、また自分たちも生活の中で折に触れて文章を書く人たちでした。
これはローラの両親だけではなく、西部の開拓者の多くは、文化や教育を大切に考えていたそうです。
『ローラからのおくりもの』(岩波書店)の第一章『ものを書く家族』によると、カウボーイは焚き火のもとでシェイクスピアを読み、開拓者たちは本を樽に詰め込んで旅をしたということです。
当時のインガルス家の蔵書には、『ディケンズ、シェイクスピア、ポープ、スコット、ヘンリー・ウォード・ビーチャー、その他、当時の作家たちの本』があって、『限られたお金をやりくりして』本を買い揃えていたとあります。
大自然の中で激しい労働に明け暮れても、人々は本を大切にしたということを、館長はこの『ローラからのおくりもの』を読んで初めて知り、親近感を抱くとともに、尊敬の念を覚えました。
開拓生活では手紙や日記がよく書かれた
また、現在のようにパソコンや携帯電話などがない時代なので、親戚や友人同士の通信手段は手紙に限られていて、人々は頻繁に手紙を書いたようです。
インガルス一族と、ローラの「母さん」の実家であるクワイナー一族の間では、それぞれの家族の間で、何年にも渡って「回覧手紙」が書かれていたと、『ローラからのおくりもの』に記されています。
そして人々は、開拓の生活を書き留めるために、日記もよく書いていたということです。
『ローラからのおくりもの』の第一章『ものを書く家族』の、ローラの娘のローズの言葉によれば、開拓の暮らしは『生活そのものが驚きと興奮に満ちていて、一瞬たりとも目が離せないほどだった。だからそれを忘れないため、日記をつけたのだ』ということです。
ローラは、開拓生活に伴って住居が転々と変わったせいで、一貫した学校教育が受けられませんでした。
しかし、そのローラが、アメリカのみならず、世界の多くの国々で知られる作家になったのは、このような背景があり、子どもの頃からずっと物を書き続けて、もともとあった文才を磨いていたからです。
本国では小学校の授業に採用
児童文学として構成されているとはいうものの、歴史を知るという観点からも、ローラの本には価値があります。
東京都立図書館のサイトには、ローラの研究家でローラに関する多くの著作があるウィリアム・アンダーソン氏の講演要旨が掲載されています。
その文章によると、本国アメリカではこの「大草原の小さな家」シリーズは、『他のどんな本を読むよりもアメリカの歴史がよくわかる』と高く評価されて、小学校の授業で読み聞かせをされたり、教科書に取り上げられているということです。
このシリーズのファンとしては、とても嬉しいことです。
ローラは慶応3年生まれ
ローラ・インガルス・ワイルダーが、ウィスコンシン州のぺピンの森で、インガルス家の次女として生まれたのは1867年です。
日本では江戸時代最後の年の慶応3年に当たります。翌年からは明治時代に入りますから、ローラが1才の時は日本では明治元年、2才ならば明治2年となり、明治時代ならば、すぐローラの年令がわかります。
ローラが1才を過ぎた頃から、インガルス家では、ウィスコンシン州のぺピンの森を出て、いろいろなところへ頻繁に移り住むことになります。
まず、西部へ向けて旅に出て、ミネソタ州、アイオワ州、ミズーリ州を経て、カンザス州へ。
このカンザス州の建物ひとつなかった大草原に、ローラの父さんが丸太で作った家が、いわゆる「大草原の小さな家」として、後に有名になります。
その後インガルス一家は、入植した場所がインディアン居留地だった関係などから、いったん、ぺピンの森の元の家に戻ります。
そしてまた、ミネソタ州のレイクシティー、ウォルナット・グローブ、サウス・トロイ、アイオワ州のバー・オークなどへ移住した後に、また、ウォルナット・グローブに戻ってきます。
この移住の間に、三女のキャリー、長男のチャールズ、四女のグレイスが生まれましたが、悲しいことに、長男のチャールズは1才にならないうちに、病気で亡くなりました。
この頻繁な移住も、天災などにより農業が続けられなくなったため、生活の糧を求めてのことで、バー・オークでは、不慣れなホテル業の手伝いなどもしています。
また、ウォルナット・グローブに戻ってからも、長女のメアリーが病気の高熱のために、失明するという悲しい出来事がありました。
1879年(明治12年)、ローラが12才のときに、インガルス一家としては終(つい)の棲家となる、サウス・ダコタ州のデ・スメットの町に移住します。
と言っても、ローラたちが移住したときは、まだ町は形をなしていなくて、まず、鉄道を敷くための工事をしている現場の売店で父さんが働き、その後、農地申請をします。
ローラは、鉄道が出来てゆく様子や、何もない場所に建物がどんどん出来て、町が作られてゆくところをその目でじかに見ています。
インガルス家としては、このデ・スメットの町で「長い旅」が終わります。
ワイルダー一家は、ミズーリ州のマンスフィールドへ
その後ローラは、1885年(明治18年)に18才で、アルマンゾ・ワイルダーと結婚します。ふたりはデ・スメットで農民としてスタートします。
一人娘のローズの誕生という「光」がありましたが、火事、天災、長男の誕生と二週間後の死亡、ローラとアルマンゾの病気という「影」も多い、『はじめの四年間』でした。
ワイルダー一家はその後、デ・スメットを出て、ミネソタ州のスプリング・ヴァレーのアルマンゾの両親の農場や、フロリダ州のウェストヴィルに住みますが、いったん、デ・スメットに戻ります。
その後、1894年(明治27年)、ローラ27才のときに、ワイルダー家の終の棲家になるミズーリ州のマンスフィールドへ向けて出発します。
この旅の様子を記録したローラの日記は、『わが家への道 ローラの旅日記』(岩波少年文庫)として、ローズの原稿と共に、1冊の本にまとめられています。
ローラも娘のローズも作家として活躍
マンスフィールドに落ち着いたローラとアルマンゾは、手に入れた農場に、「ロッキー・リッジ(岩尾根)農場」と名づけて農業に精を出し、一人娘のローズを育てました。
才気煥発なローズは、高校を主席で卒業した後、電信技手や、不動産業者として働き、その後作家活動も始めました。第一次大戦後は、赤十字の仕事でヨーロッパ各地へ旅をして記事を書きました。
ローラも、1911年(明治44年)、44才のときに、ミズーリ州の農業新聞「スター・ファーマー」に記事が掲載され、「ミズーリ・ルーラリスト」紙にも寄稿します。
「ミズーリ・ルーラリスト」紙には、後にローラ専用のコラムが設けられて、記事を書きました。
初めは農業に関する記事のみだったそうですが、その後、インタビューや詩や特集記事、時事問題に関する論説なども書きました。
(このローラの原稿の一部は、岩波書店刊の『ローラからのおくりもの』に収録されています。)
農場経営の傍ら、ローラはコラムニストとして活躍しました。
50才のときには、農民の生活向上のために設立された農業ローン協会の会計係も務めました。
作家としての名声をすでに得ていた娘のローズは、母ローラの文才を認めていたので、自伝を書くように勧め、1932年(昭和7年)、ローラが65才のときに『大きな森の小さな家』が出版され、大評判になりました。
1933年(昭和8年)、『農場の少年』出版。66才。
1935年(昭和10年)、『大草原の小さな家』出版。68才。
1937年(昭和12年)、『プラム川(クリーク)の土手で』出版。アメリカの優れた児童文学に与えられるニューベリー賞受賞。70才。
1939年(昭和14年)、『シルバー湖のほとりで』出版。ニューベリー賞受賞。72才。
1940年(昭和15年)、『長い冬』出版。ニューベリー賞受賞。73才。
1941年(昭和16年)、『大草原の小さな町』出版。ニューベリー賞受賞。74才。
1943年(昭和18年)、『この輝かしい日々』出版。ニューベリー賞受賞。76才。
その後は、老いたアルマンゾの世話に専念したいとの理由から、続編の本は出版しませんでした。但し、ローラの死後に、『はじめの四年間』の原稿が発見されて、1971年(昭和46年)に出版されました。
1949年(昭和24年)に、夫アルマンゾが92才で死去。
その後、1957年(昭和32年)に、ローラは90才で死去しています。
30年程前にドラマも制作、放映され好評
アメリカNBCテレビ制作のドラマ「大草原の小さな家」シリーズが、日本でも1975年(昭和50年)から8年間に渡って、NHKテレビより放映され、好評でした。
フリー百科事典『ウィキペディア』の「大草原の小さな家」のページによると、放送終了後に何度か再放送されたようです。
最近では、1999年(平成11年)の4月から2004年(平成16年)まで、再放送され、昨年2007年(平成19年)には、DVDが発売されました。
日本では、原作を読むよりも先に、このドラマで「大草原の小さな家」シリーズを知ったという人も多いようです。
このドラマシリーズの、最初に制作されたパイロット版と呼ばれる回は、原作の『大草原の小さな家』のストーリーを、ほぼ忠実にドラマ化しています。
それ以降の回は、設定こそ原作の『プラム川(クリーク)の土手で』におおむね添ってはいますが、内容はかなり違っています。
ドラマの「大草原の小さな家」シリーズは、ローラの「父さん」役を演じ、時には脚本を担当し、多くの回で監督をも務めた、俳優のマイケル・ランドンの圧倒的な個性が強く発揮されています。
館長は、「マイケル・ランドンの、もうひとつの『大草原の小さな家』シリーズ」と思っています。
原作にはないエピソードのドラマであっても、不思議と原作の持つ精神を映像化しているように思えるドラマです。失意のときに見ると、心が救われるようなセリフがたくさんあります。
また、子どもへの接し方のシーンでは、人生全般に通じる信念や、生き方の指針となるような言葉もたくさんあり、失意のときでなくても、心が洗われて、明日への活力をもらえることもたびたびです。
この点も、原作同様です。
『ローラ・インガルス・ワイルダー かがやく大草原の日々』(佑学社)には、「解説」として、このドラマの「母さん」役のカレン・グラッスルの声の吹き替えをした、女優の日色ともゑさんの文章が掲載されています。
その文章によると、このドラマの吹き替えは毎週行われましたが、毎回、吹き替えをする度に、日色さんは感動のあまり泣いてしまい、他の俳優さんたちも、同様だったということです。
もしも、原作を読むのは気が進まないという方は、せめてこのドラマを見ていただきたいと思います。
家族愛の強さや、困難に負けない精神を強く感じることができます。
このドラマは、アメリカの優れたテレビ番組に与えられるエミー賞を、3回受賞しているということです。
館長は、原作とドラマ、両方の「大草原の小さな家」シリーズの大ファンです。
(ドラマについては、ローラの釣りなど、サイトがいろいろありますので、そちらをご覧ください。但し、これらのサイトには、ネタバレがあります。)
数社から出版、このサイトは講談社の青い鳥文庫中心で紹介
このシリーズは全部で9冊ですが、日本では版権などの関係で、すべての本を一社から出版することができないようです。
このサイトでは、全9冊のうち、7冊を出版している講談社の青い鳥文庫に基づいて、紹介します。但し、シリーズ中の『長い冬』と、『はじめの四年間』は、岩波少年文庫からしか出版されていませんので、そちらの判を紹介します。
福音館書店はガース・ウィリアムズのさし絵
他に、シリーズの前半の5冊が、福音館書店から出版されています。この福音館書店の本は、本国アメリカで使われた、ガース・ウィリアムズのさし絵を使用しています。
ガース・ウィリアムズは、絵本『しろいうさぎとくろいうさぎ』(福音館書店)や、児童文学の「ミス・ビアンカ」シリーズ(岩波書店)などで、素晴らしい絵を描いている画家です。
ガース・ウィリアムズは、このシリーズのさし絵を描くに当たって、存命中だったローラとアルマンゾを訪ねて直接話を聞き、自分なりの調査をしています。
その甲斐があって、福音館書店からの5冊の本は、味のある、素敵なさし絵です。
ただ、訳文が「です、ます」調で、落ち着いた印象なのですが、講談社の青い鳥文庫の「〜だ」とはっきり言い切る文体を読み慣れた目には、テンポが遅く感じられます。
訳文が読みやすい講談社の青い鳥文庫
講談社の青い鳥文庫の訳文は、テンポが良くて軽快な印象で、訳語の選び方や、セリフの言い回しなども現代的で読み易く、小・中学生に適していると思います。
青い鳥文庫の年令指定は、「小学中級から」です。確かに文章が平易で読みやすく、漢字が少なめで、その上、ほとんどの漢字にルビが振られているので、小3から読めるとは思います。(小学中級は、小3〜4年です。)
ただ、日本では明治初期に当たる頃の、外国の物語なので、理解度などを考慮して、館長の年令指定は「小4から」としました。
また、講談社の本は、個人のサイトでは、表紙画像を掲載することができません。
そのため、いつもの、トップページや「〜シリーズと作者について」のページ冒頭の、個別の本の紹介ページに表紙画像からリンクする体裁が、このシリーズでは取れません。
ですからこのシリーズの各巻の、個別の本の紹介ページで掲載している画像は、セブンアンドワイのアフィリエイトの画像リンクです。(各出版社から画像掲載の許可がいただけない場合でも、このアフィリエイトの画像リンク使用は、許されています。)
本国アメリカでは、「小さな家」シリーズ
そして、本国のアメリカでは、「大草原」という言葉を付けずに、単なる「小さな家」シリーズとして、知られているようです。日本でも、『「小さな家」シリーズ』と紹介しているサイトがあります。
しかし、日本ではテレビドラマで「ローラ・インガルス・ワイルダー」の名前を知った人も多いと思われるし、講談社の青い鳥文庫も「大草原の小さな家」シリーズと銘打っているので、このサイトでも『「大草原の小さな家」シリーズ』として紹介します。
(実は、館長の手元にある青い鳥文庫の『大きな森の小さな家』は、昭和62年発行の本ですが、これには「大きな森の小さな家シリーズ」と書かれています。
現在の講談社の目録には、「大草原の小さな家シリーズ」とあるので、やはり日本での知名度を考慮して、「大草原の小さな家シリーズ」と変えたのだろうと推測しています。)
岩波書店はシリーズ後半を出版
岩波書店は、シリーズ後半の4冊に、『わが家への道 ローラの旅日記』を加えて、5冊を「ローラ物語」と銘打って、出版しています。この5冊の年令指定は、「中学生から」となっています。
また、草炎社から、講談社の青い鳥文庫と同じラインナップの7冊が出版されています。
出版順のタイトル
| 書名 | 初版発行年 |
| 大きな森の小さな家 | 1932年 |
| 農場の少年 | 1933年 |
| 大草原の小さな家 | 1935年 |
| プラム川(クリーク)の土手で | 1937年 |
| シルバー湖のほとりで | 1939年 |
| 長い冬 | 1940年 |
| 大草原の小さな町 | 1941年 |
| この輝かしい日々 | 1943年 |
| はじめの四年間 | 1971年 |
このサイトで紹介する順のタイトル
| 書名 | 初版発行年 | 出版社名 | 価格 |
| 大きな森の小さな家 | 1932年 | 講談社 | ¥609 |
| 大草原の小さな家 | 1935年 | 講談社 | ¥756 |
| プラム川(クリーク)の土手で | 1937年 | 講談社 | ¥798 |
| シルバー湖のほとりで | 1939年 | 講談社 | ¥798 |
| 農場の少年 | 1933年 | 講談社 | ¥756 |
| 長い冬 | 1940年 | 岩波書店 | ¥840 |
| 大草原の小さな町 | 1941年 | 講談社 | ¥756 |
| この輝かしい日々 | 1943年 | 講談社 | ¥756 |
| はじめの四年間 | 1971年 | 岩波書店 | ¥672 |
このほかに、ローラが書いたものではありませんが、ローラの母さんの少女時代を描いたシリーズ「クワイナー一家の物語」が福音館書店から出版されています。(全7巻のうち、現在4巻まで福音館書店から出版。)
それから、ローラの娘ローズを主人公にしたシリーズ「新大草原の小さな家」が、全8巻のうち、6巻まで講談社から出版されていましたが、現在では絶版のようです。アマゾンのマーケットプレイスで購入できる巻があります。
文溪堂からは、「絵本 大草原の小さな家」として、絵本が6冊出版されています。
その他、ローラ関連の各書籍も、いろいろな出版社から、多数出版されています。
さし絵はかみやしんさん
講談社の青い鳥文庫の「大草原の小さな家」シリーズのさし絵は、かみやしんさんです。
かみやしんさんは、東京生まれの版画家。国際版画賞をたびたび受賞。『せみとりめいじん』(福音館書店)『でんでんむしのかなしみ』(大日本図書)『ひみつのたまご』(文研出版)など、絵本やさし絵の仕事もされています。
青い鳥文庫の「大草原の小さな家」シリーズのさし絵は黒色の鉛筆画。繊細で上品な印象の画風です。
訳者は、こだまともこさんと、渡辺南都子さん
講談社の青い鳥文庫の「大草原の小さな家」シリーズは、こだまともこさんと、渡辺南都子さんの共訳です。
こだまともこさんは、1942年(昭和17年)、東京生まれ。早稲田大学文学部卒。白百合女子大学児童文学科講師。
訳書に『うさぎさん てつだってほしいの』『きみなんか だいきらいさ』(以上冨山房)、『レモネードを作ろう』(徳間書店)などがあります。
渡辺南都子さんは東京生まれ。東京学芸大学卒。出版社勤務後、フリーの編集と翻訳業をされています。
訳書に『リトルベアー』(小峰書店)『氷の覇者』(早川文庫)などがあります。
「大草原の小さな家」シリーズ関連のホームページ
「大草原の小さな家」シリーズの出版社
講談社
講談社・青い鳥文庫
講談社の「大草原の小さな家」シリーズのさし絵画家かみやしんさんの公式サイト
上矢 津 公式ホームページ
「大草原の小さな家」シリーズの出版社
福音館書店
「大草原の小さな家」シリーズの出版社
岩波書店児童書編集部
「大草原の小さな家」シリーズの出版社
草炎社
「大草原の小さな家」シリーズの原作についてのサイト
大草原の小さな家のページ
「大草原の小さな家」シリーズのTVドラマについてのサイト
ローラの釣り
(ドラマのネタバレあり)
このページの情報は、講談社の目録、あとがきの「解説」、『ローラからのおくりもの』(岩波書店)、『ローラの思い出アルバム』(岩波書店)、『ローラ・インガルス・ワイルダー かがやく大草原の日々』(佑学社)などによります。
