菊判(21.8×15.2cm)・小B6判(17.2×12cm)
(イギリス)
J・R・R・トールキン 作
瀬田 貞二 訳
寺島 竜一 さし絵
岩波書店
菊判 ¥2,646(本体価格¥2,520+税5%)
小B6判 岩波少年文庫 上巻 ¥756(本体価格¥720+税5%)
下巻 ¥714(本体価格¥680+税5%)
『指輪物語』のプロローグに当たるファンタジー
本国イギリスでの初版発行は、1937年(昭和12年)。その後数回に渡って改訂されています。日本での初版発行は1965年(昭和40年)です。
『ホビットの冒険』は、大作ファンタジー『指輪物語』のプロローグに当たる物語です。しかしこの『ホビットの冒険』は完結した一つの物語としても楽しめます。
『ホビットの冒険』のあらすじ(冒頭部分のみ)
気持ち良く整えられた穴の中に、ホビット族(小人族)のビルボ・バギンズが住んでいました。
その穴は、丸い緑色のドアに続いて筒形の広間があって、壁は鏡板、床にはタイル、その上にはじゅうたんが敷いてあり、お客が帽子や外套(がいとう)をかける金具を備えたとても居心地の良い住まいです。
この家に住んでいるビルボ・バギンズの家系は、ホビット族の中では代々裕福で冒険などには縁の無い「立派な」家柄として通ってきました。しかし、ビルボの母親はホビットらしくない、冒険好きの気質を持っているトック家の出身でした。
ある朝、ビルボが朝食後にパイプをふかして、のんびりしているところへ、魔法使いのガンダルフがやってきました。ガンダルフはビルボの親戚のトックじいさんの友だちでした。
ビルボは初め、ガンダルフが誰かわかりませんでしたが、名前を聞いた途端にガンダルフにまつわるいろいろな話を思い出します。
実はビルボには、トック家の血筋のせいか、心の底に冒険にあこがれる気持ちがありました。ガンダルフはその気持ちを見抜いて、ビルボを冒険に誘います。
しかしビルボは反射的にその誘いを断り、代わりにガンダルフを翌日のお茶に招きます。
ビルボは気持ちがすっかり動転してしまったせいで、翌日のお茶の時間にベルが鳴り出すまでそのことをすっかり忘れていました。
子ども向けのとても楽しいファンタジー
「本のガイドブック」のフロアで紹介している『「中つ国」歴史地図』の説明ページでも述べましたが、J・R・R・トールキンの『指輪物語』は大ヒットした映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作で、その『指輪物語』のプロローグに当たるのがこの『ホビットの冒険』です。
とてもシリアスで壮大な『指輪物語』は、少なくとも中学生以上の年令がふさわしいと思われますが、そのプロローグに当たる『ホビットの冒険』は子ども向けのとても楽しいファンタジーです。
冒険物語なのでわくわくするようなストーリー展開で、語り口も子どもに読みやすい作品です。
その物語は、1ページ目から「ホビット」「ドワーフ」など聞きなれない単語が並び、少々面くらいます。しかし「ホビット」の説明などを読んでいるうちにだんだんJ・R・R・トールキンの作り出した世界に馴染んで行きます。
魔法使いのガンダルフに誘われて、ドワーフたち共々ビルボが子馬に乗ってでかけるところまで読めば、「これからどんな冒険が待っているのだろう」とわくわくしてくることは間違いありません。
物語の舞台の理解を助けてくれるさし絵群
どのような冒険がビルボを待っているのかは、本を手に取ってゆっくり確かめていただきたいのですが、J・R・R・トールキンの作り出した世界の理解を助けてくれるのが、寺島竜一さんの手になるさし絵です。
寺島さんは、ドワーフたちや、ビルボの住んでいる穴の描写、旅の途中の風景やトールキンが作り出した不思議な生き物たちなどを、イメージを壊すことなく描き出しています。
特に年少の読者には、物語の舞台の理解を助けてくれる楽しいさし絵です。文章と共に、このさし絵も楽しめます。
登場人物たちの危ない場面でもちょっとユーモラスなさし絵が添えられて、印象に残ります。
『指輪物語』(評論社)の訳者あとがきによれば、この寺島竜一さんのさし絵を作者J・R・R・トールキンは喜んだということです。
添えられた地図も楽しめる
また、冒険の舞台となる土地の地図「荒地のくに」や旅の目的地が描かれている「スロールの地図」なるものも掲載されています。
特にファンタジーの世界では、架空の場所での冒険となりますから、このような地図を見ながら、物語の進行に従って「今、この辺りだ」とか「風景はこんな感じかな」などと想像するのも楽しみのひとつです。
『ホビットの冒険』の後書きの「訳者のことば」によれば、この地図は作者トールキンが描いたものを、さし絵の寺島さんがトレースしたそうです。
答案用紙から生れたファンタジー
作者のJ・R・R・トールキンはイギリスのオックスフォード大学の教授でした。『指輪物語完全ガイド』(河出書房新社)によれば、「学生の答案の採点に飽き飽き」したところに戻ってきた、白紙の答案用紙にこの物語の最初の文章を書き出したということです。
書き出したままほっておくのは惜しいということで書き続け、「インクリングス」というオックスフォード大学の同僚で構成された会で執筆途中の『ホビットの冒険』を朗読したそうです。
このサイトでも紹介している「ナルニア国ものがたり」シリーズの著者C・S・ルイスは、「インクリングス」のメンバーでトールキンの友人でもあります。
トールキンとルイスとはその後、「ナルニア国ものがたり」に対するトールキンの意見などから疎遠になりますが、この『ホビットの冒険』の執筆途中で筆が止まった際には、ルイスがトールキンを励ましたということです。
出版のきっかけは教え子と、出版社社長のこども
出版のきっかけは、トールキンの教え子が出版社の「アレン&アンウィン社」の編集者に原稿を読むように勧めたことです。最終的には、社主のこどもであるレイナー・アンウィンの感想が決め手になりました。
このページの冒頭でも述べたように、1937年(昭和12年)にイギリスで出版され、翌年にはアメリカでも出版されて好評でした。読者からも出版社からも続編を期待されたということです。
「ホビット」の由来は「穴に住むもの」
この『ホビットの冒険』の主人公ビルボの種族「ホビット」については、穴の中に住んで行動がすばしこいなど、なんとなく「うさぎ(ラビット)」を想像させる特徴があります。
「ホビット」(HOBBIT)と「ラビット」(RABBIT)は字面も似ていて、トールキンが「ラビット」から連想して作り出したのではないかと想像しても無理はないかも知れません。訳者の瀬田さんもそのような想像をこの本の後書きに書かれています。
しかし、作者のトールキン自身はこの説を否定しています。トールキンは言語学者でしたから、自ら創造した言葉により、“hol−bytla”、「穴に住むもの」と説明しているということです。
『ホビットの冒険』だけでも楽しめる
この『ホビットの冒険』が発表されたときには、後年シリアスな大作『指輪物語』へと発展してゆくことは、読者には全くわかりませんでした。
そして「中つ国」の神話を含む『シルマリルの物語』も読まなければ、『指輪物語』の中に登場してくる歌(詩)や古事もわかりません。『シルマリルの物語』はトールキンの死後に三男クリストファーが編集して出版したものです。
この『シルマリルの物語』『ホビットの冒険』『指輪物語』の三作品のほかに、やはりクリストファーが編集した『終わらざりし物語』も読めばなお、物語の背景が理解できます。
しかし、『指輪物語』をまだ読んでいない方がこの『ホビットの冒険』を手に取られた場合は、このようなことは何も考えずに物語を楽しまれると良いと思います。
『ホビットの冒険』は、この一冊だけでも完結して楽しめる冒険ファンタジーです。
他の物語は『ホビットの冒険』に比べるとトーンがかなり違い、一言でいうと『指輪物語』は「シリアスなファンタジー」、『シルマリルの物語』は「神話と歴史書」と言えます。
もちろんトールキンの世界観が気に入った方には、どの作品もおもしろいものです。
しかし、まずはトールキン入門書に当たる、わくわくして明るい、北欧の神話などの香りのする『ホビットの冒険』を楽しんでいただきたいと思います。すべてはその後から、です。
数回の改訂あり
ページの冒頭で1937年(昭和12年)初版発行と述べました。トールキンはその後『指輪物語』の執筆中と出版後に、『ホビットの冒険』をその内容に合わせるために改訂しています。先に取り上げた『指輪物語完全ガイド』に寄れば、初版の他に1951年(昭和26年)版と1966年(昭和41年)版(A版B版2種類)と、1978年(昭和53年)版があるということです。
岩波書店の『ホビットの冒険』は、1951年の改訂版を底本にしているそうです。
作者J・R・R・トールキンについて
作者のJ・R・R・トールキン(John Ronald Rowel Tolkien)は、1892年(明治25年)南アフリカのブルームフォンテン生まれ。(ミドルネームの“Rowel”を“Reuel”と表記しているサイトもあります。ここでは、『指輪物語完全ガイド』の表記に従いました。)
イギリス滞在中の3才の時に父が病死。そのためイギリスに移住。12才で母が病死して、2才年下の弟と共に孤児になります。その後はキリスト教(カトリック教会)のモーガン司祭が後見人となり、司祭や親戚などの世話を受けて成長しました。
オックスフォード大学を卒業後、第一次大戦に従軍などを経て、オックスフォード大学の教授となりました。中世の英語学と文学を教え、1959年(昭和34年)に引退。
1973年(昭和48年)に81才で死去しています。
著書には「中つ国」を舞台にした作品の他に、絵本『ブリスさん』や児童書『仔犬のローバーの冒険』などと、専門の学術書が多数あります。
訳者瀬田貞二さんについて
訳者の瀬田貞二さんは1916年(大正5年)生まれ。児童文学の創作、翻訳、批評家です。
このサイトで紹介している「ナルニア国ものがたり」シリーズや『人形の家』、『ロバのシルベスターとまほうの小石』など、多数の訳書があります。独特のセンスがあって、読みやすい文章です。
さし絵画家の寺島竜一さんについて
さし絵画家の寺島竜一さんについては、調べてみましたが、残念ながらわかりませんでした。この『ホビットの冒険』の他に続編の『指輪物語』のさし絵も描かれています。
岩波書店より出版、年令指定は小学校5,6年から
『ホビットの冒険』は、岩波書店から出版されています。児童書として菊判とB6版変型と岩波少年文庫(上下巻)が、また一般書として「物語コレクション」シリーズから四六判のソフトカバー(上下巻)が出版されています。
このうち、B6版変型の本は左の画像のもので、表紙の絵も文中のさし絵も、作者J・R・R・トールキンの手になるオリジナル版を訳したものです。オリジナル版の雰囲気を出すために左開きで、文章が横書きです。日本人読者にとって「物語の本が左開きで横書き」というのは、少々読みにくいと思います。
但し、作者の絵はこの物語の雰囲気を直に伝えるものがありますので、トールキンの物語に惹かれた読者には、2冊目の『ホビットの冒険』として手元に置きたくなるかも知れません。
一般書として出版されている四六判の本は、文章そのものは他の版と同じですが、さし絵がなくて地図のみが掲載されています。ルビは児童書よりかなり少なくしてあります。
出版社の目録による年令指定は、「小学校5,6年以上」となっています。内容や文章の難易度から見て、妥当な指定と思います。
また、原書房から『ホビットーゆきてかえりし物語』が出版されています。
館長は原作の英語版を読めるような英語力がないため、訳文を評価する資格はありません。ただ、いろいろ調べてみた限りでは、特に年少の読者には、子どもに読みやすい親しめる文章の岩波版をお勧めします。
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(『指輪物語』の解説も含み、読みやすい本)
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このページの情報は、岩波書店の目録や『ホビットの冒険』『指輪物語』の後書き、『指輪物語完全ガイド』(河出書房新社)などによります。