28.4×20.5cm
(アメリカ)
カレン・ウィン・フォンスタッド 著
琴屋 草 訳
評論社
¥3,990(本体価格¥3,800+税5%)
地理学者が丁寧に描き起こした、ファンタジーの父トールキンの創造した世界
1981年(昭和56年)に第一刷発行。その後、2002年(平成14年)に改訂版の第一刷発行。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」三部作が2001年(平成13年)から2003年(平成15年)にかけて公開されて大ヒットし、アカデミー賞など多くの賞を受賞しました。
その映画の原作がJ・R・R・トールキンの『指輪物語』で、『指輪物語』の舞台がこの本のタイトルにある「中つ国(なかつくに)」です。英語では“MIDDLE−EARTH(ミドル・アース)”。
この聞きなれない単語から推測できるように、『指輪物語』の舞台である「中つ国」は、作者トールキンが創り出した架空の世界で、このような架空の世界を舞台にした物語を「ハイ・ファンタジー」と呼びます。
実は、トールキンが『指輪物語』を発表する以前の「ファンタジー」というジャンルの作品は、「おとぎ話」かそれに類する子ども向けの物語を指していました。
しかし、トールキンの『指輪物語』は、それまでの「ファンタジー」の概念を変える、おとなの鑑賞に耐えられる壮大でシリアスな物語でした。この『指輪物語』の作者トールキンこそが、現在の「ハイ・ファンタジー」(「ファンタジー」)というジャンルの父と言える存在です。
その壮大なドラマの舞台を、トールキンの物語の記述をたどって、プロの地理学者が詳細な地図に描き起こしたものが、この『「中つ国」歴史地図』です。
言語学者トールキンの楽しみから生れた物語
トールキンは、もともと言語学者らしい楽しみとして、「エルフ語」という言語を作って楽しんでいました。その「エルフ語」にふさわしい世界を創り上げたいという気持ちが高じて、その舞台をも自ら創造することになったということです。
『指輪物語完全ガイド』(河出書房新社)の「トールキン年譜」によれば、後に「中つ国」となる地を舞台とした作品『シルマリルの物語』に収録されるエピソードの創作を、1914年(大正3年)頃から始めていたようです。
年代順に『シルマリルの物語』『ホビットの冒険』『指輪物語』
「中つ国」を舞台にした物語は、その世界の年代順に並べると『シルマリルの物語』、『ホビットの冒険』、『指輪物語』となります。他にも短編集などが出版されていますが、この三作品が大きな柱となります。
『シルマリルの物語』は、のちに「中つ国」となる世界の創世神話から始まる、壮大な「もうひとつの世界史」を述べた作品です。トールキンの生前は発表されず、死後の1977年(昭和52年)に、トールキンの三男のクリストファーの手により整理されて、出版されました。
この『シルマリルの物語』は、とてもひとりの人間が考えたとは思えないような、どこか実際に存在する別の星の歴史ではないかと思えるほどのスケールの大きな創作神話と、エルフや人間などの長い歴史の物語です。
(トールキンの創造した「中つ国」は、この地球上の時代のはるか以前に存在した、という設定です。)神話の体裁をとっているので、文章が読みにくく、三作品の中では読むために一番努力の必要な作品です。
『ホビットの冒険』は、三作の中で一番初めの1937年(昭和12年)に発表された児童文学作品です。小学5〜6年向けの、三作品の中では一番読みやすい楽しいファンタジー作品です。
そして、『ホビットの冒険』の続編として1954年(昭和29年)から1955年にかけて発表されたのが、『指輪物語』です。しかしこの作品は児童文学作品とは趣きを変えて、何度か20世紀で一番人気のある文学としてイギリスなどで選ばれることになる、「ファンタジー文学」のジャンルを確立する壮大な物語となりました。
『指輪物語』の読者数は、世界中で一億人以上とも言われています。
学者らしい緻密さとこだわりで距離や方角、日程を詳述
トールキンの創造した世界は、北欧などヨーロッパの神話の影響が感じられます。しかし、単なる神話の影響を受けた創作ではなく、学者らしい緻密さとこだわりを持って、作品の世界の距離や方向、日付や日程などを細かく計算して書いたということです。
特に『指輪物語』は、前作の『ホビットの冒険』と整合させるために腐心したようです。(しかし、『指輪物語』の執筆以降、どうしても改めざるを得なくなった部分があり、『ホビットの冒険』は数回改訂されています。)
トールキンのこだわりの記述のおかげで、プロの地理学者が地図を起こすことができたのです。この三つの物語の中で語られる土地、建物、登場人物の旅の経路などを、地理学者のカレン・ウィン・フォンスタッドさんが詳細に描いています。
詳細で膨大な数の地図群と、ストーリーに基づいた解説が
この『「中つ国」歴史地図』には、前述した三つの物語を中心に、数多くの地図が収められています。そして物語の記述にもとづいて、フォンスタッドさんの解説が述べられています。
本の内容は、「第一紀」「第二紀」「第三紀」「地域別地図」「ホビットの冒険」「指輪物語」「主題別地図」と7章に分けられています。
はじめの「第一紀」から「第三紀」までは『シルマリルの物語』の地図と解説です。最も地図が必要なのが、聞きなれない単語だらけのこの『シルマリルの物語』かも知れません。
「地域別地図」は、『ホビットの冒険』と『指輪物語』に登場する地名などについて、最終章の「主題別地図」はミドル・アース世界の気候や植生、人口、言語などの地図と解説です。
これらの地図はとても詳細なもので、物語を読み進めつつ、その場所を参照すると、とても楽しい本です。
この本の人名や地名などの固有名詞は、岩波書店刊『ホビットの冒険』と評論社刊『指輪物語』を訳した瀬田貞二さんの訳語に基づいています。但し一部の名詞は、1992年(平成4年)に改訂された評論社刊『指輪物語』で「粥村」が「ブリー村」に変更されるなどしたため、改定された訳語を使用しています。
(瀬田貞二さんについては、先にこのサイト内の「ナルニア国ものがたり」シリーズや『人形の家』のページでも紹介していますが、外国の児童文学作品などの名訳者です。)
『ホビットの冒険』と『指輪物語』を読了後にこの本を
しかし、この本はトールキンワールドの物語のファンにとって楽しめるのであって、先に述べた3つの物語のどれも読んでいない人にとっては、全く意味がわからないのは、言うまでもありません。
『シルマリルの物語』は神話を含み、人名・地名とも初めてのものばかりが続出し、また文章も他の物語に比べると読みにくいため、この物語はなかなか手が出ない、という人も多いかも知れません。
少なくとも『ホビットの冒険』と『指輪物語』を読了後に、『「中つ国」歴史地図』の地図を照らし合わながら、もう一度これらの作品を読むことをお勧めします。
一番読みやすい『ホビットの冒険』のみの読了後でも楽しめるとは思います。ただ、『「中つ国」歴史地図』の「指輪物語」などの章に『指輪物語』の登場人物の経路(つまりストーリー)が地図に書き込まれているので、『ホビットの冒険』の次に『指輪物語』を読もうと思っている人にはネタバレになってしまいます。著者フォンスタッドさんによる解説文もストーリーに言及しています。
「『指輪物語』を読み終わるまでは絶対そのページは開かない」という意志強固な人は別ですが、手元にこの本があると、それはなかなか難しいことでしょう。
『ホビットの冒険』と『指輪物語』を読了した人がこの本の地図を見ると、「なるほどこういう風になっていたのか」と楽しめること、間違いありません。
そして、難解だと『シルマリルの物語』を敬遠していた人もそのうちに、読みたくなってくることと思います。
この神話から始まる物語を読まないと、『指輪物語』の中で語られている古事や詩の意味がわかりません。ですから『指輪物語』を気に入った方には『シルマリルの物語』を読んでいただきたいし、この『「中つ国」歴史地図』は、『シルマリルの物語』を読み進める上で理解を助けてくれます。
ただ、『シルマリルの物語』は一度読んですぐに馴染める、理解できるタイプの物語ではありませんので、その点はご注意ください。私たちの世界の神話と世界史の本を、一度読んだだけですんなり頭に入るものではないのと同じことです。
地図が好きで世界史好きの方はトールキンワールドへ
もしも、地図や歴史、特に世界史の好きな方で、トールキンの著作を全く読んでいないという方には、ぜひ『ホビットの冒険』と『指輪物語』をお読みになった上で、この『「中つ国」歴史地図』までたどり着かれることをおすすめします。
トールキンの世界が自分に合うかどうかわからないとためらっている方は、まず映画の「ロード・オブ・ザ・リング」をご覧になるのも良いと思います。映画は、ストーリーの細部が原作から多少変更になってはいますが、全体の大きな流れは同じで、原作の舞台などを美しく映像化していて、楽しめる作品です。
映画を見て気に入ったら原作へ、そしてこの『「中つ国」歴史地図』へ、と進まれると、トールキンワールドを何倍にも楽しめると思います。
また、この『「中つ国」歴史地図』は、児童書ではなく一般書のため、出版社の年令指定などはありません。中学生から大人まで、とにかく「指輪物語」の世界のファンにお勧めする本です。
著者のカレン・ウィン・フォンスタッドさんについて
著者のカレン・ウィン・フォンスタッドさんは、1945年(昭和20年)アメリカのオクラホマ・シティー生まれ。オクラホマ大学を卒業し、ウィスコンシン大学の地理学を教えていました。
『「中つ国」歴史地図』の「第一紀」の「概論」によると著者が初めてトールキンワールドに触れたのは、1969年(昭和44年)に地図学の大学院助手だった時で、学生のひとりが課題として「中つ国の地図を書き直す」ことを選択したときのことだそうです。
訳者の琴屋草さんについて
訳者の琴屋草さんについては、本のカバーなどに全く記載がなく、調べてみましたが、残念ながらわかりませんでした。
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このページの情報は、評論社の目録や『指輪物語完全ガイド』(河出書房新社)などによります。