29.8×23.7cm
(日本)
宮田 登 文
太田 大八 絵
岩波書店
¥2,415(本体価格¥2,300+税5%)
江戸時代の子どもたちの暮らしを12歳の少女の語りで描く
1990年(平成2年)、第一刷発行。この絵本は江戸時代の半ば過ぎ、18世紀後半から19世紀始め頃の子どもたちの暮らしを描いた作品です。左開きで、見開き2ページでひとつの絵です。絵の下に付けられた2行の文は、12歳の女の子の語り、という設定です。
北関東の農村が舞台、旧暦で表記
場所は北関東の架空の農村です。この語り手の女の子に、妹が生まれるところから物語が始まります。
1月に赤ちゃんの誕生、2月に初宮参りと麦踏みなどと、月に従って進んで行きます。但し、旧暦で表記しているそうなので、現在の暦に合わせるには、大体30日から40日位後のこととして考えて欲しい、と解説にあります。
ですから「1月」は現在の2月初旬か、中旬頃と考えて良さそうです。
この一番始めの絵は「日本昔ばなし」にでも出て来そうな民家が右のページに、左のページには出産をするための小屋があり、今まさに赤ちゃんが生まれたばかりのところが描かれています。
それから右ページ下には、「生まれたよー!」とでも叫んでいそうな女の子が小さな丸木橋を渡っているところが描かれています。この子が、この本の語り手でしょう。
次のページは、男の子だけが習字を勉強するためにお寺の本堂に集まり、女の子は裁縫を習いに、庄屋さんの家へ。
お宮参りや農作業、子どもの遊び、そして「ホーソー」
その後は、お宮参りや農作業や子どもの遊びが描かれますが、聞き慣れない「ホーソー」ということばが出てきます。
「ホーソー」(疱瘡)というのは、辞書で引いてみると、「天然痘」のこと。病気の原因はウイルスです。
「ホーソーさまお出やれ」と踊っても、治療には何の係わりもないんじゃないか、と思うのですが、医学の発達していない時代のことなので、せめて軽く済むように祈りながら踊ることしかできなかったのでしょう。
命が助かるように、という人々の思いの表現がこの踊りです。
物語は、最初のページで生まれた女の子、「かめ」ちゃんの1才のお誕生日を描いた絵で閉じられます。
日本画調で、くすんだ色調の絵
絵柄は日本画調で、「日本そのもの」というムードで、この絵本の色調は、少しくすんでいます。始めのうちは、暗く感じるかも知れません。
これは、この絵本に描かれた時代が、現代とは比べものにならない程、社会の条件がとても厳しく、常に「死」と隣り合わせだったことを象徴しているようです。
この時代の背景については、巻末で解説されています。
厳しい生存率と子どもの成長
この絵本の「かめ」ちゃんが無事に1歳になったことは、とても幸せなことです。個々の絵に対応する解説によると当時は出産時に3〜4割の赤ちゃんが死亡したそうです。つまり、10人のうち、3人か4人が亡くなったことになります。
出産時に無事であっても、病気や事故、飢饉もあったでしょう。天然痘のような恐ろしい病気になっても祈って踊るしか術(すべ)がなく、貧しさのため「間引き」もひそかに行われたので、生まれた子どもが無事に成長することは、大変だったようです。
興味深い「子供組」という組織
興味深いのが、7歳から13〜14歳までの子どもの組織「子供組」です。
これは、おとなの指導の下に管理されたものではなく、子どもたちが中心となって、野外でのいろいろな行事を行い、仮小屋を作って、火を焚いて飲食をすることもあったのだそうです。なかなかおもしろそうです。
これはこの時代のおとなたちに、子どもたちだけでの集団行動が、おとなになるために必要なことという考えがあったからだそうです。確かに、仲間意識や自立心が育まれたことでしょう。
おとなに管理されたものとは全く違う組織が、子どもたちによって営まれていた訳です。
こわくてユーモラスな日本の妖怪たちも登場
また、以前は水木しげるさんの『ゲゲゲの鬼太郎』、最近では宮崎駿監督の数々のアニメによってポピュラーになった、日本の妖怪についても触れられています。
日本の妖怪は、一方的、絶対的に「悪」というものではなく、親しみの持てる存在でもあります。「座敷わらし」のように、その家に福をもたらしてくれる妖怪もいます。この絵本の絵も、こわいものもありますが、よく見るとなかなかユーモラスなものも多々あります。
江戸時代の子どもの暮らしが身近に思える本です。
「文」は宮田登さん
「文」の宮田登さんは、1936年(昭和11年)神奈川県生まれ(2000年没)。民族学者で、この本の初版出版時は、筑波大学教授でした。
「絵」は太田大八さん
「絵」の太田大八さんは1927年(昭和2年)長崎県生まれの画家。多数の絵本を描かれています。この本の絵は日本画風ですが、日本の物語の絵だけではなく、外国の物語の絵も描かれています。